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研究成果の刊行(吉水千鶴子)2016年度

研究成果の刊行(吉水千鶴子)2016年度 published on

3件の研究成果が刊行されました。

1 How Did Tibetans Learn a New Text from the Text’s Translators and Comment on It? The Case of Zhang Thang sag pa (Twelfth Century)
Chizuko Yoshimizu

In: Cross-Cultural Transmission of Buddhist Texts: Theories and Practices of Translation, ed. Dorji Wangchuk. Indian and Tibetan Studies 5. Hamburg: Department of Indian and Tibetan Studies, University of Hamburg, 2016, pp. 353–372.
*This book was edited by Prof. Dorji Wangchuk of the University of Hamburg. He also contributed to this volume the article entitled “A Ratinale for Buddhist Textual Scholarship.”

(要約)チベット仏教後伝期において、多くの仏教典籍がインドからチベットへ新たに導入された。その最初期に中心的な役割を果たしたのは、チベット人翻訳師たちと彼らに協力したインド人学者たちであった。彼らは新たにテキストを翻訳し、それらについてチベット人の弟子たちを教育した。かくしてチベット人たちは自分たちの僧院における学問と教育のシステムを発展させたのである。チャンドラキールティ(7世紀)の中観思想に関する著作を伝承した最初の世代は、パツァプ・ニマタク(1055?-1145?)と彼のインド人協力者たちである。シャン・タンサクパはパツァプの弟子であったと推測される。彼はチャンドラキールティの『明句論』を学び、彼自身註釈を著したが、その環境は次のようなものであったと本論文で明らかにした。
1) 彼は『明句論』を主にその翻訳者であるパツァプとインド人協力者から学んだ。
2)彼はさらにテキストを自ら研究し、ときには師の理解を修正しながら、解釈した。
3)彼は『明句論』に註釈を著したが、それは他の同時代のチベット人学僧たcによりもより優れた解釈を提示するためであった。

Cross-cultural transmission of Buddhist texts

2 Transmission of the Mūlamadhyamakakārikā and Prasannapadā to Tibet from Kashmir

Chizuko Yoshimizu

Around Abhinavagupta. Aspects of the Intellectual History of Kashmir from the Ninth to the Eleventh Century. Eds. Eli Franco and Isabelle Ratié, Leipziger Studien zu Kultur und Geschichte Süd- und Zentralasiens 6. Leipzig, October 2016, pp.645-663.

(要約)2006年以降中国で始まった10〜13世紀のチベット新出写本群の出版により、かつて失われたと考えられていた多くのテキスト資料が使えるようになった。本論文は中観思想の基本典籍であるナーガールジュナ(2世紀)の『中論』とチャンドラキールティ(7世紀)の註釈書『明句論』がどのように学ばれ、インドからチベットへ、さらに師から弟子へと伝承されたのかを考察したものである。その過程を要約するならば、次のような段階があったと想定される。

1) パツァプ・ニマタク(1055?-1145?)は両書を23年に渡るカシミール滞在中に学んだ。彼はかの地で入手した写本をもとに、カシミールのインド人学僧マハースマティとともに『明句論』を翻訳した。彼らはまた、ルイ・ゲンツェンによる『中論』旧訳を、『明句論』に引用される『中論』の頌に合わせて修正した。この旧訳は、バーヴィヴェーカの註釈『般若灯論』とアヴァローキタヴラタによる複註の解釈に従っていたため、『明句論』にもとづく彼らの新訳は、『中論』を学ぶ際に、バーヴィヴェーカ系統の註釈ではなくチャンドラキールティの註釈による、という権威の転換をもたらした。
2) パツァプ自身はマハースマティの講義にもとづきながらチャンドラキールティの解釈に従う『中論』の註釈書を著した。
3) パツァプはチベットへ帰還後、インド人学者カナカヴァルマンと共に、インドとの境の地域より入手した新しい『明句論』の写本を用い、カシミールのそれと比較しながら、『中論』『明句論』の翻訳をさらに修正した。
4) パツァプは、ツォンプン・パンディタと呼ばれる学者の講義にもとづき、『明句論』の難解な箇所を説明する註釈書を著した。また、『中論』の各章の関連について手引書を著したが、これは教育のためと考えられる。

Around Abhinavagupta

3 ダルマキールティの帰謬論証の再解釈

吉水千鶴子

『哲学・思想論集』42, 2016(筑波大学哲学・思想専攻)pp.33-54

(要約)本稿はダルマキールティの著作『プラマーナヴィニシュチャヤ』第3章に説かれる帰謬論証の再解釈である。ここで新しく論じた点は以下の通りである。
1)ダルマキールティはこの帰謬論証を「他者によって構想された属性によって組み立てられたもの」とし、[自性」「結果』「非認識」という論証因を具えた推論式と対比した。
2)論証、論駁ともに立論者、対論者両方に成立する論証因を必要とするというディグナーガの見解に従い、ダルマキールティは、自らの帰謬論証式で、他者から借りた属性を用いながらも、両者に成立する論証因を提示した。
3)彼の帰謬論証は対論者の主張と反対のことを間接的に証明するものとしても機能する。対論者の主張の反対とは、「複数のものに存在しかつ単一であるようなものは不可能であり、決して存在しない」ということである。このことは、「単一であるものは何であれ複数のものに存在しない」「複数のものに存在するものは何であれ単一ではない」という肯定的否定的遍充にもとづいて証明される。
4)筆者の考えでは、ダルマキールティが目指したところは、論証因をともなうことによって論駁と反対のことの間接証明という意味において他者のための推論の一種として機能する帰謬論証の提示である。それ故彼は帰謬論証を推論である還元論証に書き換える必要を求めなかったと推測される。
5)「承認」という語は、ドグマティックな承認あるいは仮の承認という意味で用いられるが、ダルマキールティが真に求めた承認は、論理による「考察」をへて得られる「承認」であり、それは立論者、対論者両方に起こるものである。
6)すなわち遍充関係は現実において成立することが認められる限り、両者とも、論証因から帰結する結果を承認するべきである。

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